M&Aの準備は、「決算書を揃える」ことからではありません。
まず固めるべきなのは、なぜM&Aをしたいのかという自分の軸と、自社が第三者からどう見えるのかという客観的な認識
——この2つです。
M&Aを考え始めた経営者からM&A BANKに寄せられる質問で、もっとも多いのが「何を準備すればいいですか」。
多くの方はまず決算書などの資料を揃えることから入るのだろうと思いがちです。
しかし、阿部俊介(株式会社Wellness X Asia 代表取締役副社長)と小林正憲(同社執行役員 兼 M&A部部長)が対談で語ったのは、資料をまとめる前にやるべきことがある、という話。
「なぜ売りたいのか」「いくらで」「いつ」「そして売却後はどう関わるか」を自分軸として整理するということです。
また自社について見るのは、決算書(とくにBS)という定量面と、強み・弱みという定性面。
この2つは、どちらも一人では完結しません。だからこそ、壁打ちが必要になります。
Profile
-
小林正憲
株式会社Wellness X Asia 執行役員 兼 M&A部部長 兼 シニアアドバイザー
-
阿部俊介
株式会社Wellness X Asia 代表取締役副社長
「なぜM&Aしたいのか」を、資料より先に言語化する
経営者からのこの質問に対して、阿部と小林がまず整理したのは、資料を揃える前に済ませておくべき言語化の作業でした。誰にとっても簡単な作業ではなく、一人では完結しない。この点で二人の意見は一致します。
経営者の方からよくいただく「何を準備すればいいですか」という質問に、まずお答えしていきたいのですが、シンプルに言うと、社長さんが「なぜM&Aをしたいのか」ということを言語化するということが最初になります。
これは意外と、掘り下げていけばいくほど見えてくるものです。
今の事業を手放したいという思いから始まっているのか。それとも、会社を成長させるための手段として考えているのか。とかですよね。
いろいろな理由があると思いますが、まず本心がどこにあるのかを整理してみるといいですよね。それも、よく見てみないと分からないので、誰かに壁打ちしながらやってみるということも必要になってきます。
結局のところ、一人だと本当の理由まで辿りつかないんですよね。軽くM&Aしてみたいなという気持ちはあっても、じゃあ本当は何なんだっけとなったときに、「後継者を誰にするのか分からない」「営業力をもっと伸ばしたいけれど自分では体制を作れない」というようなことがよくあります。
ご自身に営業の経験がないから、逆に強い営業組織を作るイメージが浮かばないという理由もありますよね。これは実際にあった話ですが、「今の自分の会社の看板では良い人材が採れない」という中小企業の社長さんがいらっしゃいました。もしM&Aで大きな会社にグループインできれば、その看板を使わせていただいて採用すると、また違うレベルの方が来てくれる。この先事業を200%、300%と伸ばしていくために必要な営業人材を、自分の看板ではなく相手の看板で採用したい、というところまで言語化してくださった方がいました。
なるほど、でも確かに、会社を伸ばすための手段として資金を注入してほしいというのもありますが、その会社の”のれん”を使って採用力を上げたり、仕入れ力を上げたり、販売先の開拓力を上げたりすることに使えるかもしれない、ということですよね。我々がいろいろな方のお話を聞いてきた中で、こういうこともあるのではないですかとお伝えしていくことで、明確になっていくと思います。
その理由は、恥ずかしいものではない
言語化を難しくしている要因の一つに、動機そのものへの後ろめたさがあります。二人はここで、経営者が抱えがちな心理的なハードルを解きほぐしていきます。
もう一つあるのは、そういう理由が少し恥ずかしいものかもしれないと思ってしまう方がいらっしゃるということです。全然変なことではないのに、このタイミングで利確したい、ある程度キャッシュが欲しい、というのも、今までリスクを背負ってこられた経営者だからこそ決断できることですし、引き継いだ立場であっても代表としてリスクを背負ってこられたからこそ言えることです。
そうですよね。だから、「個人保証を外したい」というのもそうです。
全然恥ずかしくないと思います。あとは当然、人間ですから気持ちの浮き沈みがあったり、やりたいことが変わってしまうこともありますよね。
そういう意味では、別の誰かに任せたくなるというのも一つの理由として十分成立すると思います。
だからまず、なぜM&Aをしたいのかということを明確にして、それをアドバイザーと話をするということが重要になってきます。
そうですよね。我々も無料相談で最初にお話しするのは、まずご自身の会社の概要を簡単にご説明くださいというところから始まります。どんな事業をされているのか、どういう思いで立ち上げられたのかを聞かせていただいて、そのうえで、なぜ売却したいのですかという壁打ちに入っていく順番です。
買い手さんも、なぜM&Aをするのかを必ず一番初めに聞いてきます。そこがちゃんと、隠すことなくしっかりと言語化して伝えられるように準備をしていくということが一つですね。
自分軸を固める。なぜ・いくら・いつ・売却後どうするか
なぜM&Aをしたいのかという理由の整理と並行して、もう一段具体的な軸も固めておく必要があります。金額、タイミング、そして売却後の関わり方。この軸は、実は面談を重ねる中で変化していくものでもあるといいます。
自分の中での整理として、なぜM&Aをしたいのかという話に加えて、当然、金額はどれくらいがいいのか、タイミングをいつにするのかという話があります。M&Aをしたらその後の人生も続いていきますので、基本的には先ほどの理由に紐づくはずですが、事業を伸ばしていきたいのであれば継続して業務を続けていくことになるでしょうし、別のことをやりたいのであればすぐ抜けたいのか、ある程度引き継ぎ期間を持って引き継いでいくのかということも、条件が変わってくるポイントです。そこも、どういう風にしたいか、いくらの金額でいきたいか、時期はいつ頃にしたいかというのは、ある程度固めておくという準備が必要ですね。
これはしかも、買い手さんによって考え方が違っていて、(売り手の)社長には本当にすぐに退いてほしいという方もいれば、一定期間はロックアップで残ってほしい、それも2年、3年、半年だと短いというような、いろいろな考え方があります。だからこそ、まずは自分の中で固めておかないといけないですよね。
第一段階として、そのようなことを整理しましょう。でも面白いことに、買い手さんを探していく中でトップ面談をしていくと、そこで考えが変わっていったりもするんです。あんなにロックアップは嫌だと言っていた方が、残ってもいいかもしれない、この会社に入ったら面白そうだなとおっしゃるケースは結構多いんですよね。買い手さんとイメージが浮かんでいない状態でM&Aが進んでいく中で、実際にお会いすると、相手側もある程度興味があってその時間を設けているわけですから、お互いに相互理解しようと努力します。そうするとお互いに良いところを見つけようとするので、良い話になりがちですよね。
確かにそうですよね。オーナー社長というのは、やはり営業マンでもありますから、気が合ったらすごく盛り上がりますよね。
多くの場合が盛り上がっています。ですから、まず自分としての基準を決めて、アドバイザーと話をして、そのタイミングだともう少し時間を置きましょうとか、金額が少し高すぎます、あるいは低すぎますといった話もあるでしょうし、ロックアップで残る残らないというところも、ある程度バッファーを持っていた方が進みやすい、ということもあると思います。まずは自分はこうしたいんだというのを決めて、アドバイザーと話をして最適な形を探しに行くための土台を、まずは言語化しておいていただくということが一つです。
まだ決めていない社長こそ、一度壁打ちを
ここまでは、M&Aをすると決めた経営者に向けた話でしたが、小林はまだ決めていない経営者にこそ壁打ちの価値があると指摘します。決断の有無にかかわらず、まず話してみることに意味があるのです。
思ったのですが、明確に自分がM&Aをしたいと言ってからの話のもっと手前で、全然売る気なんてなかったけれど、話してみたら確かにM&Aもアリかなと思って、気づいたら売れていました、というケースがよくあります。だからやはりオーナー社長には、一回壁打ちすることをおすすめします。
そうですね。まずは壁打ち。言っていただければ我々でもよければという感じです。
みんな潜在的には、出口はIPOかM&Aか、廃業しかないと分かっているんです。ただ、将来どうするんだっけというのは、私もそうですが、あまり考えていないですよね。一旦壁打ちをして、将来自分が本当に本気で事業をどこまで伸ばしたいのか、誰かにバトンを渡すのか、というのはやった方がいいと思います。
確かに。今はM&Aをやりたいと思った人に向けたメッセージのようになってしまいましたが、やりたいかどうか分からない、この先どうしようかなと思っている方こそ、壁打ちしていただくのは絶対にアリですね。
ありですよね。それで、自分の会社がどんな会社かを改めて再認識したりします。それによって、M&Aに取り組んでから事業が伸びるということもよくあるんです。自分のことを知って、強みが見えてくると、業績が回復してきたということもあります。
めちゃくちゃあります。みなさん、いい顔をされますよね。
会社を「第三者に見られる前提」で見る。数字と強み・弱み
自分自身の意思を整理した後は、会社そのものを客観的に見る段階へ。数字の面と、強み・弱みという定性面。二人はここで、経営者自身が見落としがちな視点を挙げていきます。
一番はやはり、まずは数字から入ります。決算書、貸借対照表(BS)と損益計算書(PL)です。ここは必ず我々もお預かりして、分析をさせていただきます。
PLとBSを拝見して、良ければいいに越したことはないですが、あまり良くなければ、タイミングを変えるなり、どこをどう改善するかという話もできますし、ネガティブなポイントがあっても、どういうトークをすることでポジティブに切り替えて進めていきましょうか、ということもできます。
多くの方は、私もそうでしたが、「正常利益」という言葉をご存じないんです。数字を見せていただいた後に、売却後にはかからなくなるであろうコストを営業利益に足し戻して正常利益を出しましょうという話をするのですが、それを知ることで、また違った見え方をすることがあります。売却金額が、意外とここまで持っていけるかもしれない、ということもあるかもしれません。
確かに、PLとBSは毎年、決算のときに皆さん必ず見ていると思うのですが、自分の会社を誰かに買っていただく、売却するという、「第三者に見られる前提」で自分たちのPLとBSを見るということは、普段はあまりしないですよね。PLを見て黒字か赤字か、伸びているかどうかということは意識しても、BSはそれほど意識しないと思います。
あっても銀行から借り入れをお願いするときくらいだと思うのですが、M&Aとなると、PLはもちろん重要ですけれど、議論の中心になるのはむしろBSなんですよね。
なりますね。その際に一番分かりやすいところで言うと、「債務超過ではないか」というところです。
そうですよね。過去の積み上げがそこに現れてきます。一つはそのように数字を見ましょうということと、あと意外と難しいのが、「あなたの会社の強みはどこですか」と聞かれたときに、弱みを聞かれれば答えられるのに、強みを聞かれると意外と答えられない、という問題があります。
ありますよね。実は「自然とやっていることほど、強みだと認識できていない」ことが一番多いのではないでしょうか。
多いですね。うまくいっていないところには経営者の皆さん目が行きがちで、うまくいっているところは逆に、「運でいけている」とか、「市場が伸びているから」だとか、外部要因が強いと言いがちなんです。でも実は、我々第三者の目から見ると、これはすごいのではないかということがたくさんあるんですよね。
めちゃくちゃありますよね。顧客獲得の単価なども、当たり前でいつもこんな数字だからと言われるのですが、それはどうやっているんですかと聞いていくと、それはめちゃくちゃ強みじゃないですか、ということがあります。当たり前になってしまっていて見えていないもの、特に強みは、壁打ちをするからこそ炙り出されていくのだと思います。
会社を数字的に、定量的にちゃんと見てみるということと、定性的に強みと弱みを整理してみるということですね。
弱みについては、我々もよく成長余地と読み替えますが、そう捉え直すことで、また一段と会社の輪郭がはっきりしてくるんですよね。やはり、ノウハウというのは自分で思っているほど自分で理解できていないものです。採用力が強い、営業力が強いと言っても、当たり前にやっているからと思っている方ばかりですよね。
まとめ
M&Aを考え始めた経営者にまず伝えたいのは、「自分がどうしたいか」を自分軸で考えてみることと、合わせて「自社を客観的に見に行く」ことです。定量面では決算書をきちんと確認し、定性面では自社の強みと弱みを整理します。そのうえで壁打ちをしていくことで、具体的にどう進めるべきかが浮かび上がってきます。それが最初の下準備になります。
資料集めももちろん大事です。しかし、決算書を整える前に固めるべきは、自分は本当はどうしたいのかという軸と、自社は客観的にどう見えるのかという認識です。この二つはどちらも一人で完結するものではありません。だからこそ壁打ちという行為が意味を持ちます。
資料の前に、まず言語化するパートナーを探してみましょう。
M&A BANKが経営者の隣に立つ意味は、まさにそこにあります。