2020.07.31
理想的な交渉・やってはいけない交渉ーM&A交渉のポイント①
M&A交渉を控える方のための連載の第1回では、「理想的な交渉とはどんなものか」を取り上げます。
厳しい駆け引きに構える前に、まず何より重視すべきなのは“相手との信頼関係”です。
道徳的な理由だけでなく、そうすることで生まれる交渉上のメリットがあるためです。
信頼関係を築くメリットやポイント、交渉中の具体的な注意点をまとめました。
この記事は、M&Aの交渉にあたり、
「不利な条件を飲まされないようにしたい」
「交渉を優位に進めるために、何に気を付けるべきか知りたい」
という方に向けてお届けする全5回の連載の第1回です。
▼予定コンテンツ▼
1. 理想的な交渉・やってはいけない交渉
2. 交渉が成立する条件
3. 交渉力・立場を強くする要因
4. 要望を通すための交渉術
5. M&A交渉の実際の手順とポイント
利益を守ろうとした結果、損をする?
“交渉”と聞くと身構える人が多いのではないでしょうか。
こだわりたい条件については「どうやって希望を通すか」を考えるでしょうし、交渉相手からきついやり方で押し通されることがあると知っていれば「どうやって利益を守るか」を考えるでしょう。
しかし、ひとつひとつの条件交渉にこだわってしまうと、売り手・買い手それぞれの利害が浮き彫りになって対立が深まり、関係が悪化してしまったり、さらに悪ければM&Aの話自体がなかったことになってしまう場合もあります。
1+1が2以上になることを期待して始めたM&A交渉が、それぞれの利益を主張した結果として破談になってしまえば、最終的にお互い1のままになってしまううえ、M&Aのためにかけたコストの分だけ損をすることになります。
では、どんな交渉になるように意識すればよいのでしょうか。
理想的な交渉とは
交渉の際は、以下の2点が満たされるものになるように意識しましょう。
- 双方の間で信頼関係が築かれる交渉
- 取り決めたことが問題なく履行される交渉
どちらも当たり前の「道徳的な話」に思えるかもしれませんが、
これらを守ることで生まれるメリットもあります。
改めて、M&Aにおいてこれらが重要である理由をおさえておきましょう。
改めておさえたい、“信頼”の重要性
信頼関係と約束の履行が重要である理由は以下の3つです。
- M&A成立後も関係が続くから
- 相手にいい印象を持たれると交渉力が上がるから
- 悪い印象を与えると、悪い評判が広がるリスクがあるから
①M&A成立後も関係が続くから
M&Aは成立後も売り手がしばらく経営に関わることが多く、「○○までに目標を達成すれば追加で△△円払う」といった条件がつくこともあります。
交渉の中で買い手に不信感が芽生えていた場合、その後信頼できない相手企業の中で働くことになり、買い手も「売り手が言っていたことは本当だろうか」と疑いながら買い取った事業を運営することになります。
相手とよい関係ができていれば、売買成立後の自らの安心にもつながります。
②相手にいい印象を持たれると交渉力が上がるから
こちらは交渉によりダイレクトに影響する要素です。
交渉相手によい印象を持たれると、相手は「ぜひあなたと売買契約を結びたい」と思うようになります。
“信頼できること”自体も譲渡対象企業(事業)の魅力の一つになるのです。
「ぜひこの人(会社)と契約したい」と思われることで交渉力が強くなれば、その分強気に出ることも可能になります。
③悪い印象を与えると、悪い評判が広がるリスクがあるから
この点はビジネスをするうえで最も重要なポイントかもしれません。
M&Aの検討を始める際には「機密保持契約(NDA)」を結ぶため、重要な情報は部外者にあまり口外されることはありません。
ところが、交渉の中で相手からかなり負荷をかけられた人は「実はこういうしんどいこともあった」とこぼしたくなることがあり、こういったエピソードは聞いた人の印象に強く残ります。やり手の経営者は新たな取引先等を調べる際にこれらの“当事者の生の評判”をしっかり集めます。
そうして「あの会社はかなりきつく交渉してくるらしい」などと経営者間で評判ができあがっていくことがあるようです。
人に愚痴りたくなるような思いをさせる交渉をしてしまうと見えないところで悪評がたってしまうリスクもあるので、むしろ「いい相手だった」とよい噂が広がるような交渉をしたいところです。
* * *
- 双方の間で信頼関係が築かれる
- 取り決めたことが問題なく履行される
これらをいずれも満たすようなM&A交渉になれば、もしM&Aは成立しなかったとしても、別の機会に一緒に仕事をする、取引先の紹介や情報交換をしあうといった形で「将来に繋がるよい関係」という成果を得られる可能性があります。
「そうはいってもビジネスは弱肉強食の世界なんだから、こちらが“信頼に足る人物”であろうとしても、相手が構わずゴリゴリ要求してくることもあるのでは?」とも思われるかもしれません。
ですが、「信頼関係を築く=いい顔をする、何でも譲歩する」ということではないので、そういった場合はこちらもきちんと意見を主張してから、互いの利害を調整できるポイントを探しましょう。
まずは自分たちが以下に示す注意点を意識して話し合うようにし、相手があまりにひどければ無理に応じず、破談にするのも手です。
自分たちが魅力的な相手であれば次の候補が出てくる可能性もありますし、その後、時間をおいて異なる条件で再打診されることもあります。
信頼関係を築くために注意すべきポイント
M&Aの交渉の中では、具体的に以下のポイントに気を付けましょう。
◎信頼を築く方法
- 言ったことを守る
安請け合いNG。期待値は適切にコントロールし、裏切らない
…特に決裁者が他にいる場合は、自分の口からむやみに相手に都合の良い返事をしない - 情報を開示する
固有名詞や悪い情報もできるだけ開示する(伏せると不信感を抱かれる)
…今開示したくない情報は「○○の時に開示させてください」と伝える - 相手の立場を尊重・理解する
相手の主張の背景に配慮し、対立ばかりが強調されないようにする
…相手の主張が理解できないときは、その根拠を率直に聞く(想像では限界がある) - 利益を得たらお返しする
相手が妥協してくれたらこちらも妥協する
…恩は早めに返す方が、相手の不満を解消しやすい - 共通の利害について話す
売却後に買い手がうまく活用して利益を得ること を目指して話す
…最初から条件交渉をせず、まずはどうすれば価値を最大化できるか話し合う - 好感を持たれる
笑顔を出す、配慮のある話し方をする、接触回数を増やす、好意を示す
…はじめに共通点を探す(固有名詞を出すと効果的)ことで距離を縮める - 権威と評判を活用する
ただし、見せかけの権威では逆効果になる
◎取り決めた合意事項を問題なく履行する方法
- 都合の悪いことも含め、細かく話を詰めておくこと
問題を先送りにする話し方をせず、損失が出た場合も想定しておく
…むしろいい空気感のうちに、納得できる対処を決める
前向きに検討している段階では悪い想定について話しにくいかもしれません。
ですが、実際に状況が悪くなってからではもっと話しにくいはずなので、むしろ関係のよいうちに損失の負担についても話し合っておきましょう。
今回は“目指すべきM&A交渉”と信頼関係の重要性について取り上げました。
次回からはさらに“交渉術”に近い部分に触れていきます。
お役に立てていただければ幸いです。
参考・おすすめ文献
藤井一郎(2011)『プロフェッショナル・ネゴシエーターの頭の中―「決まる!」7つの交渉術』東洋経済新報社
大阪大学人間科学部を卒業後、教育系企業に就職。新規事業部にて新サービスの運営基盤づくり、スタッフの管理育成やイベント企画に携わる。
IdeaLink社ではウェブマーケティング領域の業務を経て、M&A BANKの立ち上げ・運営に関わる。サイト管理の他、経営者インタビューや記事の編集を担当。
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