2020.06.27
評価を上げるためのセルサイドDDーざっくりつかむM&A④
M&Aを検討している方なら、”DD”と聞けば
「買い手が行う調査」をイメージされるでしょう。
しかし、「買い手がすることだ」と悠長に構えていると
アラばかり指摘されることにもなりかねません。
それを避けるためには、売り手側での事前のDDが必要です。
この記事は、
「いつかM&Aイグジット(売却)をするかもしれない」
「とりあえず最低限のことだけ知りたい」
「M&Aの全容をざっくり把握しておきたい」
という方に向けてお届けする全5回の連載の第4回です。
▼予定コンテンツ▼
1. 売却するタイミングの決め方
2. M&Aの進め方:全プロセスと個別相対方式/入札方式
3. 売り方:売却スキームの選び方
4. 売却戦略の立て方:セルサイドDD
5. 価格の決め方:プロジェクション(事業計画)と企業価値評価
「そもそもM&Aをするべきなのかわからない」
「M&Aのメリットや特徴を知りたい」という方は、
まずはこちらの記事をご覧ください。
……『すべての経営者が知っておくべきM&Aのメリット』
……『経営者の“キャリア最適化”の手段にもなるM&A』
買い手からのDDに受け身でいると、評価が下がる?
多くの買い手が、買収する前に価値とリスクを確認するため
専門家を組織して“DD(デュー・デリジェンス)”と呼ばれる調査を行います。
その前の段階でも簡易的に行っている場合が多いため、
本格的なDDの段階で初めて明らかになった重大なマイナス事象があると、
単に評価額が下げられるだけでなく、ときには
「こちらから指摘するまでわからなかった」と不信感を与えてしまうこともあります。
また、DDの中で評価できる部分が明らかになったとしても、
買い手がわざわざ自分から評価額を上げることは基本的にないでしょう。
より良い条件での契約成立を望むのであれば、
売り手は自分から、アピールポイントと、それがどう評価されるべきなのか、
そしてリスクや弱みをどう補強できるかを説明する必要があります。
買い手に調査を行われる前に、売り手自身が対象事業の調査を行って理解を深め、
より具体的なアピールと、想定される指摘への対策を練っておく必要があるのです。
こういった“売り手側が行うDD”は、“買い手によるDD”と区別して
“セルサイドDD”と呼ばれます。
専門家に依頼できれば理想的ですが、
売り手自身で簡易的に行い、難しい点や重要な点だけに絞って専門家を頼れば
低コストで大きな効果を得ることができます。
セルサイドDDの内容
売り手が自身でDDを実施する際は、特に
- 売却後に買い手の下で期待できる実質的なEBITDA(※)の把握
- 望ましいスキーム・条件・買い手像の検討
- 価値の訴求ポイントの理解
- 事前に処理できる問題の洗い出し
※EBITDA 多くは「営業利益+償却費」を指す
を意識して行いましょう。
買い手によるDDと同じく、主に以下の3つの観点から調査を行います。
①ビジネス面
②財務・会計税務面
③法務面
1.ビジネス面のセルサイドDD
「ビジネス面」と言うとかなりざっくりしていますが、
買い手がビジネスDDを行う場合、その目的は
売却対象ビジネスの特徴や価値を把握し、
その事業が買収後にどうなるのかを正確に計ることにあります。
売り手目線で考えると、ビジネスDDを行う際は
- 過去の情報をもとに、将来の数値計画を
根拠を持って買収者に伝達できるようにすること
が目標になります。
そのためにやることは以下の2つです。
- 事業計画(プロジェクション)の策定
- インフォメーション・メモランダム(以下「IM」)の作成
1.
プロジェクションとは、ざっくり言うと
予測PL、BS、CFとそれを決定づける複数のシミュレーションが含まれた
財務予測モデルのことです。
詳しくは次回の記事でご紹介します。
2.
IMは、対象会社の「詳細説明資料」のことで
以下のような項目で構成されます。
- 会社概要:沿革、株主情報、株主間契約情報 等
- 組織:組織図、現経営陣略歴 等
- 市場:概況、競合、外部リスク 等
- 事業内容:ビジネスフロー、強み、主要プロダクト、売上・利益工場の課題 等
- 財務:年次・月次決算の推移、主要資産明細、実質的損益、主要KPIの推移 等
これら二つの資料を作成することが、セルサイド側のビジネスDDになります。
さらに作成後は、整理された情報をもとに
たとえばどんな買い手と、どんなシナジーストーリーが描けるかを検討します。
買い手候補が具体的になったら、シナジーをより具体的にしましょう。
たとえば、
- 新たに創出できるCF、当期利益
- EBITDA/CFの長期的な拡大可能性
- それらの確実性
なお、買い手に価値として評価される典型的なものは以下のとおりです。
- サービス・商品
- 優秀な役職員
- 組織運営上の仕組み
- 開発力
- ブランド
- 特許等の権利
- 販売チャネル
- 顧客
- キャッシュフロー自体
対象事業のどの部分が買い手にとって価値になるか、
何をアピールするべきなのか把握しておきましょう。
②財務・会計税務面のセルサイドDD
お金回りのDDでのポイントは多岐にわたります。
ここではその中の一部をご紹介します。
1、実質的な利益とEBITDAを把握すること
・M&A後に不要になるコストや、過去に発生した特殊要因による一時的な損失を把握
・EBITDAが決算上の数値より大幅に向上する場合はきちんと主張する
コスト例:
役員報酬、接待交際費、車両費、節税のために外部に支払っているもの、管理部門の費用、顧問料、給与、法定福利費、旅費交通費、外注費 等
特殊要因例:
大口顧客の特殊な離反による損失、特殊な理由で継続していた赤字プロジェクトや不採算事業部閉鎖によるコスト、事務所移転、訴訟関連費用 等
2、会計基準、資産・負債項目、資産の含み損益を把握すること
3、運転資本と資金繰り、CAPEX(設備投資)を分析すること
(詳細は割愛)
4、偶発債務、簿外債務の有無を確認すること
・BS等の帳簿に計上されていない債務(可能性も含む)がないか確認
例:
訴訟事件の支払い義務、債務保証の弁済、リコールや製品回収、労働債務
5、(事業譲渡・会社分割の場合)資産・負債・PLを仕分けること
・譲渡対象となる部分をあらかじめ一覧化
・グループから離脱することで発生する問題(※)を把握
その他、以下の点以外にも確認すべきポイントは多数あります。
詳しくは末尾で紹介する書籍等をご参照ください。
- 税務申告書記載の諸事項は正確か
- 社長のビジネスへのかかわり度合い
- 管理部門の体制
- 社長と個人的な関係のある取引先(顧問・外注先)の有無
- ソフトウェアとは?会計処理は?(費用として計上すべきものを資産計上していないか)
③法務面のセルサイドDD
同じく法務面のDDでのポイントも多岐にわたります。
ここではその中の一部をご紹介します。
1、表明保障の対象になりそうな事項についての事前調査
・最低限表明保障できることのリストアップ
・不確実な内容があれば、事前に正確性や完全性を調査
・子会社の売却や、経営にほぼ参画していない会社を売却する場合は特に要注意
表明保証の代表的な内容:
対象会社が適法に設立されていること
開示した情報の真実性や完全性等を補償すること
2、重要な取引先との取引契約内容の確認
・チェンジ・オブ・コントロール条項による契約解除等のリスクの確認
・継続的な対価を支払う顧客、代理店、ライセンス使用等の契約は特に要注意
3、既存株主との契約内容の確認、M&A取引への影響の評価
・社外協力者がいる場合は、事前に意向を確認し、可能であれば合意書を締結
・投資契約・株主間契約内の「残余財産優先分配権」の有無の確認
※その他、
薬機法等、特定の法令に基づいた業務を行うべき事業
許認可等が必要となる事業、著作権等が関連する事業 の場合は別途要相談
調査すべき項目の多さにげっそりしてしまうかもしれませんが、
ここでしっかり準備をしておけば、交渉の際にも踏ん張れるようになります。
よりよい条件で交渉成立させたい方は、ぜひ入念に対策をしてみてください。
本記事の参考文献
本記事は以下の文献を参考に書かれています。
詳細をお知りになりたい方はこちらをご参照ください。
宮﨑淳平(2018)『会社売却とバイアウト実務のすべて』日本実業出版社
※売り手に支援に特化したアドバイザリーであり、M&A BANK顧問でもある宮﨑さんの著書
“非上場会社の売却”に関わる人向けの書籍。
専門家ではない人にもわかりやすく書かれています。
特に、第二部の物語形式で書かれたM&Aイグジット事例を読むと
M&Aの一連の流れがイメージできるようになるのでおすすめです。
大阪大学人間科学部を卒業後、教育系企業に就職。新規事業部にて新サービスの運営基盤づくり、スタッフの管理育成やイベント企画に携わる。
IdeaLink社ではウェブマーケティング領域の業務を経て、M&A BANKの立ち上げ・運営に関わる。サイト管理の他、経営者インタビューや記事の編集を担当。
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