2018.10.17
ベンチャー企業のM&Aの留意点| AGSコンサルティング廣渡代表コラム Vol.2
国内屈指のベンチャー企業の財務支援実績を持つ総合会計事務所、AGSコンサルティングの代表を務める廣渡氏。去る4月に開催したベンチャーM&Aサミットでは、スポンサーとしての協賛に加え、解説としてM&Aの現場のリアルな実態を多数ご紹介いただきました。
今回は、会計事務所として長年企業の実務を支えてきたなかで蓄えられた知見の一部を公開してくださいます。
売却検討中の経営者必見の連載、全3回をお届けします。
近年急増したベンチャーM&A
――ベンチャーM&Aが増えていますが、特徴や留意点としてはどういったものがありますか。
廣渡
一つ目の特徴は、ボラティリティ(価格変動の度合い)が高いので、良いときは高い値段がつくことですね。落ち着いたM&Aとは違うところで、そこが面白い。「EBITDAの何年分」とは違う値段のつき方がありますから。
二つ目は、話の進むスピードが非常に速いこと。
三つ目は、値段が安いと本当に決まりやすいということ。
たとえば、サービスを立ち上げてそれほど年数が経っていなくても、「よいものであれば値段が上がり切らないところで買いたい」という買い手の要望と、「2,3年先の利益分まで支払ってもらえる」という売り手のイメージが重なるとうまくいきやすいです。
売り手としては、サービスがうまくいってから15億、20億円で売却する以外にも、ポテンシャルを評価されて5億円で売るということもできる。実際に売り手が20億円の価値になったとき、それで売れることは意外に少ないですから、2、3年死ぬほど働いて立ち上げたサービスが5億でぽんと売れて、その後もしっかり事業を続けてもらえるという確証があるなら、売るメリットになります。これが、「おじいちゃんM&A」と違うところですね。これでも買い手と売り手の利害が一致するんです。
普通の人が見たら「まだ赤字で利益も出ていないサービスだから5000万円しか出せない」と判断するようなサービスでも、「5億円出してでも買いたい」という買い手が現れる。こうしたディールでは両方がハッピーになることが多いです。
つまり、相場観に幅があるM&Aは成立しやすい。相場観にぶれがあるため面白いし、スパンと決まることがあるんです。
――ときどきとんでもない金額でディールすることがありますね。
廣渡
先週、M&Aではないですが、ナレッジラボが3億円の評価をされて、マネーフォワードのグループに入った話がありました。日経新聞がこれを「IPOでもM&Aでもない第三の道」と書いていましたが、実際にはそこまで単純な話でもないですよ。
とはいえ、ベンチャー同士で話が早いのは良いことですよね。
――逆に、「こういうベンチャーは売りづらい、買い手がつかない」という条件はありますか?20代のベンチャー企業経営者は、少し利益が出たり、優れたサービスを仕込んでいたりすると、自社の価値について勘違いをしやすい。「他社があれだけバリュエーションが出ているからわが社もこれぐらいで売れるだろう」と考えがちですが、実際にはそう甘くないのではと思います。
廣渡
間違って高く買ってしまう買い手も中にはいますが、「A社がいくらで売れたから当社も」と考えるのは正しくありません。たまたま自社も高く買ってもらえたらラッキーですが、間違いはそうそう起きないですよ。
それから、若い優秀な人が陥りがちなのは、見せかけのKPIを伸ばそうとすること。今後は買い手側も目が肥えてくるから、それで売り抜けすることはできません。真っ当に、ビジネスモデルを一生懸命考え、KPIが伸びようが伸びまいがサービスをきちんと立ち上げて、しっかり説明して売る時代になるでしょうね。売る会社が増えるごとに買い手の選択肢は増えますし、買い方にも慣れてくるはずです。
売却価格を決めるロジック
――希望売却価格はどのように決めればよいでしょうか。私のイメージでは、IPOできそうなモデルなら高いバリュエーションをつけても大丈夫で、そうでないビジネスモデルは基本的に営業利益から算出するものと思っています。
また、買い手側からすれば3年以下、できれば1年ぐらいで回収できる金額がきっと望ましいですよね。
廣渡
買い手は地味なことを言うものですが、売り手からすれば、営業利益の3年分の売価だったら、「自分でやったほうがいい、自分で経営したらもっと伸ばせるかもしれない」と考えますよね。
とはいえ、売り手が「これぐらい今後伸びると思います」と提示しても、買い手は逆に「あなたがいなくなったら、そこまでうまくいかないかもしれない」と値踏みして、結局「3年分」で交渉が始まることが実際にはあります。
でも、これは実際にディールが成立しているから言えることなんですが、買い手がもうちょっと頑張って、5年分ぐらいの指値を出していいと思いますよ。さらに値が上がって、7年分で成立することもあるくらいです。
相場が上がっているという人も多いですし、実際に今はかなり上がっている方だと思いますよ。
――つまり、「営業利益が何年分」ということより、売ったあとにどれだけ成長曲線を描けるか、という成長戦略を具体的に描くことが大切ということですか。
廣渡
それは重要ですね。事業計画をきちんと書いて主張することは、会話の出発点として必要です。
事業計画書の情報に基づいて「これぐらい利益を叩き出せる」という会話を中心に進める中で、買い手側はどれぐらいダウンサイドリスクがあるのかを見極めます。
でも、買い手は「自分たちだったら、事業計画書に書かれた見込みよりも伸ばすことができるかもしれない」という夢がないと、案外買わないものです。
なので、「今出ている利益の何年分」という値段の決め方は、どちらかというと売上の安定したWebサイトを売買するときのイメージですね。「年間5000万円ぐらい利益が出ているので、3億円、4億円ぐらいつけてくれませんか」という提示が成り立つのは、それこそ事業計画がよっぽど現実味を帯びているときだけですから。
ベンチャー経営者の中には、M&Aの話になると短絡的に「利益の3年分、7年分」という会話から始めてしまう人もいます。しかし、本当にしっかり売りたいのであれば、自己分析として売り手側のデューデリジェンスもやっておかないと、納得のいく売却価格は出てこないものです。
――M&Aアドバイザーとして使われている、売却金額を高めるテクニックはありますか?
廣渡
買い手にシナジーをイメージしてもらうことが大事ですね。「わが社と一緒になったらこんなこともできる」「この要素も活きてくる」といったイメージです。ただし、そこで値段の上乗せを要求するのはお勧めしません。節操がないように見えますから。
シナジーがイメージしてもらえるようになると、買い手も「目の前のことだけじゃない楽しみが増える」と期待するようになって、結果的に値段の上乗せにつながる可能性があります。そういう期待を引き出すのはファイナンシャルアドバイザーの手法の一つです。
もう一つの手法は、競争相手を作ることですね。複数の会社と交渉しておいて、「御社以外にも、当社に興味を持っている会社がありますよ」と伝えておくべきです。売り手の立場は、買い手が1社だけだと弱くなるものですから。
――売り手側の当事者は売れるかどうか不安で、オファーをもらったらその会社に売ればいいと思ってしまいがちですが、御社を通してディールする場合はそうした点のアドバイスもいただけるということですね。
廣渡
ええ、本命の買い手からオファーがくると嬉しくなってしまうものですが、複数の会社と交渉すると、思わぬ会社から興味をもってもらえることもあって案外楽しいものですよ。
少し違う業界の企業からもオファーがある、と本命に伝えるのも効果的です。買い手側の作戦会議にも、必ず影響を与えることができます。
次回更新は10月24日(水)、M&Aのトレンドについて、詳しく解説いただきます。
1967年、福岡県生まれ。90年に早稲田大学商学部を卒業後、センチュリー監査法人(現 新日本監査法人)入所。94年、公認会計士登録するとともにAGSコンサルティングに入社。2004年に代表取締役専務、06年に副社長を経て08年より社長就任。09年のAGS税理士法人設立に伴い同法人代表社員も兼務し、現在に至る。
※ベンチャーM&Aサミットでお話しいただいた内容の一部はこちらからご覧いただけます。
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